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雑誌のライターにとってカメラマンは、なくてはならない相棒であり、ときにライバルでもある。ライターはインタビューと文章で、カメラマンは写真で取材対象の本質にどこまで迫れるか、限られた時間で悪戦苦闘する。
取材後のライターとカメラマンは、間に編集者が入るため、ゲラや雑誌の形になるまで、相手が何を感じ、どう表現したかは分からない。そして、できあがった記事を見たとき、相手があの時間をこう切り取ったのかと、お互いに驚くことができれば、それはとても幸福な記事になる。文章と写真が持つ力が増幅され、読者の心を響かせることができるからだ。
キッチン・ミノルというカメラマンは、私にいつも驚きと喜びを与えてくれる。彼が撮る写真は、一緒の仕事で撮影現場を横で見ていたときであっても、「こんな視点で撮っていたのか」と新しい世界を教えてくれるからだ。
その彼が新しい写真集『メオトパンドラ』(ニューフォイル発行)を発表した。
この写真集は、これまで彼が手がけてきた作家としての写真集とは違い、雑誌「AERA」で連載していたグラビアをまとめたものだ。テーマは「共働き夫婦」。30人以上ものライターが彼と一緒に、さまざまな共働き夫婦を取材してきた。私もそのライターの一人だ。書籍化にあたっては、初出が雑誌記事で紙面の形態が違うこともあり、ライターが書いた当時の文章は掲載せず、新たに詩人の桑原滝弥さんが、写真から得たインスピレーションを元にした詩を添えている。
今日、キッチンさんから、できあがったばかりの写真集が届き、私は本当にうれしかった。関わったライターの誰もがそうだと思うが、この連載をキッチンさんと一緒に記事にしていく作業は、毎回、とても楽しかった。取材対象者の条件は「共働き夫婦」という一点のみ。共働きでさえあれば、職業も年齢も関係なく、有名無名を問わず、取材をお願いした。取材したご夫婦から、友人知人のご夫婦を紹介してもらったこともある。
そんなふうに、このテーマでなければ、雑誌に登場することはなかっただろう、いわゆる「普通の人たち」にも、出会いのなれそめを聞き、結婚までの道のりや夫婦となってからの生活の様子、子どもが生まれてからの変化をうかがい、原稿に仕上げ、写真に撮ったものが毎週、「AERA」の連載となって積み重なっていった。
『メオトパンドラ』を1ページ1ページめくりながら、私は涙が出てきた。自分が取材したご夫婦の話を思い出したということもある。取材の帰り際、「こんな話でいいんですか?」と口にするご夫婦も多かった。でも、どのご夫婦も、他のどんなご夫婦とも似ていなかった。それぞれが神の采配なのか、運命のいたずらなのか、縁としか言いようがないきっかけで出会い、惹かれあい、夫婦となって生活を共にしていた。二人の物語は、その夫婦でしか紡ぐことのできない人生の歩みだった。『メオトパンドラ』の写真を眺め、詩を読みながら、私は、人が生きていくことの強さと弱さ、同じ時間を共にできることの不思議さを幸せな感情として思い出すことができた。
キッチンさんもあとがきでこう書いている。「出会った夫婦の関係はそれぞれが独特で、唯一無二の存在なのだった。きっとそれは夫婦として、一人の人間として試行錯誤し作り上げたものだからだろう。その結果、夫婦関係には独特の味が滲み出ているのだった」と。
『メオトパンドラ』にはライターの原稿は載っていないが、キッチンさんの写真には、私たちがご夫婦の姿を伝えたいと原稿に込めた想いもしっかりと写しだされている。書籍となり、桑原さんの力強い詩が加わることで、社会的な立場に関係なく、一人の人間として生きる人たちの懸命な姿がより深く、鮮やかになった、とも思う。とても幸せな本だ。
取材現場のネタバレをすると、キッチンさんは撮影のとき、いつも「視線の先に10年先、20年先の自分たちの未来があると思って」とご夫婦に話しかけていた。シャッターを切る瞬間は、夫婦の人生の中では、ほんの一コマ。写真の後ろには夫婦の歴史があり、写真の前には夫婦の未来がある。そんな長い長い人生の物語をたった1枚の印画紙に鮮やかに切り取ることができる写真って、やっぱりずるいな、と思うのだ。
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