出版文化の「お作法」は誰が継承するのか

ひょんなことから出版界に入り、気づいたら、20年以上もフリーライター・エディターをやっている。フリーになって1年経ったとき、勤めていた編集プロダクションの社長から「お前、よく1年も続いたな」と言われたのが昨日のことのようなのに、去年は血迷って会社まで起ち上げてしまった。

基本的にフリーなどという不安定な身分をわざわざ選ぶ人間は、明日のことより今日の楽しさを選んでしまう人種だ。文化祭が終わった後のことなんて考えずに突っ走っている。

そんな根拠のない楽天主義で生き延びてきた私だが、最近、年下の編集者やライターから、将来への不安を打ち明けられることが以前より増えてきた。先行きが不透明なのは、私も同じなのだが、さすがにこの年になると転職も難しく、手元にある資産で生き延びていくしかないと覚悟している。それと共に、20年以上、出版の仕事を続けてこられた理由を考えるようにもなった。

その考えるヒントになるかも、と思い、行ってみたのが、コラムニストであり、ライターでもある石原壮一郎さんの講演会「煩悩スッキリ忘年会!ライター大人力養成講座」だ。主催したのは、有限会社ノォトの代表であり、編集者の宮脇淳さん。会場は宮脇さんが経営するコワーキングスペース「CONTENZ」だ。

仕事の都合で石原さんの講演は残念ながら終盤しか聞けなかったのだが、同業者として同じ苦労をしてきたのだなぁ、というのはしみじみ感じた。また、長年、フリーライターをしてきた人間は、困った事態に遭遇したとき、同じように対応してきたんだなぁということも知ることができた。石原さんは人気コラムニストで「大人力」もあるので、私よりずっと洗練された対応だったけれど。

そんな石原さんの話をきっかけに、最近、考えていることを書いてみようと思った。それは、「誰が出版文化の継承を担うのか」という問題だ。私が若手だった頃は、編集作業はすべてアナログだった。フリーライターの多くは、MS-DOSのパソコンを使っていたけれど、編集部にはパソコンがなく、電気を使う機器といえば、FAXとコピー機、ライトボックスくらいだった。

私が幸運だったのは、出版の仕事をアナログ時代から覚えることができたことだと思っている。企画から取材、撮影、編集、印刷まで、すべての工程をその道のプロのそばで勉強することができた。当時は編集会議のとき、フリーライターやフリーカメラマン、デザイナーも顔を揃え、一つの企画をどうしたら最もいいページにできるか、それぞれの立場からアイデアを出し、話し合っていた。ゴールを明確にして走り出していたし、走り出してからも「もっとこうしたら面白くなる」と出版物が出るぎりぎりまで修正を重ねていた。職種が違う人間たちが蜘蛛の巣のようにつながっていたので、他のメンバーがどんな仕事をしているのかを推測しながら、自分の作業を進めることができた。

先輩や編集部にも恵まれた。ミスをしたり、実力不足で求める水準に達していなかったときは、こてんぱんに怒られたけれど、なぜそれがダメなのか、どうやったら学ぶことができるのか、先輩たちは忙しい身にもかかわらず、いろいろなことを教えてくれた。フリーのカメラマンやデザイナーも、自分たちがどうやって仕事を進めているのか、プロの仕事とは何か、取材や撮影のとき、あるいは編集作業をしながら、惜しみなく教えてくれた。そのすべてが私の糧になっている。

デジタル化した今は分業化が進み、フリーは依頼されたテーマにそって、それぞれのベストのものを編集者に提出するスタイルに変わってきている。出版物に関しては出版社と編集者が全責任を負うのが出版界のルールなので、編集部とフリーがやりとりする構造の根本は昔と変わっていないのだが、デジタル化で効率がよくなった分、無駄と思われる部分はそぎ落とされ、横のつながりは希薄になった。その結果、自分以外のプロが具体的にどのような作業を行っているのか、編集部に提出された原稿や写真から何がそぎ落とされたのか、なぜその人がその形に仕上げてきたのかが見えにくくなってしまった。

それでもアナログ時代を知っていると、編集者が何を求めているのか、カメラマンやデザイナーがなぜその写真やデザインを上げてきたのか、経験から推測することができる。ゴールに向かって足りないものがあると気づけば、編集者に伝えることもできる。また今、30代後半から40代の紙媒体の編集部や編集プロダクションの編集者、それらの仕事を経てフリーライターやフリーエディターになった人たちも、社員時代に出版の基礎を叩き込まれているので、一緒に仕事をしていても、共通認識がそう大きくずれることはない。

だが、これからはどうなのだろうか。5年ほど前から、私の周囲で止まらないのが、紙媒体の編集者の異動や退職、Webメディアへの流出だ。とくに雑誌編集部からどんどん人がいなくなっている。部数の減少が大きな理由だけども、それと共に彼らからよく聞くのは、「紙媒体で働く意義が見つけられなくなった」という言葉だ。

本や雑誌が好きで、自分たちが読み、憧れてきた出版物を作りたいと出版界に入ってきたのに、今、求められるのは、とにかく「売れる」出版物だ。出版もビジネスである以上、「売れる」ことは重要だ。しかし、ここまで「出しても売れない」状況が続くと、編集者もフリーも何を作ったらいいのか、何が「いい出版物」なのか迷いが生じ、目指すべき道が見えなくなってくる。その一方で、出版社を支えるために、一人が背負う限界以上の出版点数の制作が求められている。悪循環なのは誰もが分かっているのだが、どうやって抜けられるのか、答えが見つけられない状態だ。

仕事量は増えているのに、それに見合うやりがいや達成感が得られにくくなっている。そして、この状態がさらに長期化すれば、「出版物を作る」ために必須の知識を下の世代に伝えるための余裕も人材もますます失われていくだろう。

本や雑誌は不思議なもので、文章が読みやすかったり、写真やデザインが美しいだけでは読者はそう簡単には感動してくれない。送り手側の「どうしてもこれを届けたい」という気持ちがなければ、受け手の心を動かすのは難しいと私は思っている。その気持ちを出版物に込めるために必要なのが、文字の形になりにくい熱意や経験という「出版の作法」だ。

最近、私はその「作法」が歌舞伎や文楽などの伝統芸能のように、出版に関わる人から人へ、さまざまな形で伝えられてきたものだったのだと感じている。実務的な編集作業は『編集ハンドブック』などの書籍を通して伝えることはできると思う。しかし、熱意や経験から生まれる「出版の作法」は同じ時間を共有し、人から人へ教えることでしか伝えられないのではないだろうか。

出版に関わる人間が減っている今、残された私たちは「出版の作法」を上の世代から受け継いだように、下の世代へ伝えることができるのだろうか。あるいは誰に伝えることもなく、自分も出版界から淘汰されてしまうのかもしれない。今まで気楽なフリーとして活動してきたけれど、出版社という「城」がぐらついている今、私も他の役割を担うべきなのだろうか。そんなことを考える日々なのである。

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写真は、フリーライター20周年のときに作った手ぬぐいの図案。この業界に入ったときからお世話になった人たちに配った。さすがに30周年はないかもなぁ、と思い切って作ったのだけれど......。