川下から見るウェブメディアの歴史(2)

14240589697_fbcc117c1c_z.jpg

前回、ウェブメディアが変化し始めたのは、スタイルシート(CSS)とブログが登場してからではないかと書いた。

読み返しながら、「自分のページにあなたのホームページのリンクを貼ってもいいでしょうか?」と運営者におうかがいを立てたり、問い合わせの対処が面倒な運営者は「リンクの問い合わせは不要」とトップページに記載していたりしたなぁ、と思い出したりした。

当時も小さいもめごとはあったけれど、「荒らす」のは一部の人たちだった。個人ユーザー同士はほどよい距離を保ちながら、現実社会ではなかなか出会えなかった共通の趣味を持つ人と親しくなれるインターネットのメリットのほうを享受していたのだ。

それが変化してきたのは1999年頃からだと思う。

初期のホームページは、文字情報とデザインの言語がHTMLという同じ言語を使っていたので、文字情報はそのまま残し、デザインだけ変えることが面倒だった。ところが、CSSの普及で、文字情報はHTMLでデザインはCSSで、と、情報とデザインを分けることが可能になった。

2つの言語を同時にホームページで走らせることができるようになったことは、デザインの洗練度を上げたけれど、一方で、ホームページづくりは複雑化していった。言語の知識がない素人の手に追えるようなものではなくなっていったのだ。HTMLオンリーの時代はホームページ作成ソフトを使い、ときどき『HTML辞典』やCGIなどの導入指南をしているホームページを参考にすれば、なんとか形になったが、CSSでデザインを構築するとなると、専門的な知識が必要になってしまった。

「ホームページビルダー」などのホームページ作成ソフトも「CSSが簡単にできる」という触れ込みで、機能を工夫していたが、使いこなすのは、HTMLだけで作られていた頃より難しかった思い出がある。Webデザイナーを生業とする人が増えていったのも、この頃からだったのではないだろうか。

そんなツールの変化を背景に登場したのが「ブログ」だ。ブログの歴史を検索してみると、「ブログ年表」をコンパクトにまとめているサイトを見つけた。フリーのITライター、甲斐祐樹さんの「カイ士伝」だ。2013年の記事なので少々、データは古いのだが、ざっくりした流れは分かる。日本にブログが登場したのは1999年らしい。

そして、爆発的にブログサービスが増えたのが、2003年だ。確かに、この頃から「ココログ」などでブログを始める人などが増えてきていた。私もブログをやっていたことがあるのだけど、始めたのは2004年くらいだった記憶がある。

ホームページとブログの大きな違いは、なんといっても自分で「場」を用意しなくてもよくなったことだ。サーバーが不要になり、デザインやCGI等の面倒な構築も不要になった。画像も以前よりずっと簡単に扱える。IDとパスワードを設定すれば、すぐに情報発信ができるのは、個人ユーザー、とくに女性ユーザーのインターネットへの参入の壁を一気に引き下げた。目的を達するために、専門知識を持たなくてもいいブログは、パソコンを仕事以外でほとんど触ったことがないユーザーにとって、この上ないラクなツールだったのだ。

ブログというと思い出す1本の映画がある。2009年に日本で公開された「ジュリー&ジュリア」だ。原作者のジュリー・パウエルは、1960年代、フランス料理本の出版をきっかけに人気料理研究家となったジュリア・チャイルドの全レシピを1年で制覇することを目標にブログを開設した。そして、その記録を2001年に初めての著書として発表。ベストセラーになり、メリル・ストリープ主演で映画にもなった。

ブログの登場は、そんなふうに女性たちに自己アピールの場を与えた。ジュリー・パウエルの本は、まさにブロガーが著者になる書籍の走りだったわけだ。

さて日本は、といえば、私が当時、注目していたのは、20〜30代の主婦のブログだった。

主婦が自己表現の手段としてパッチワークやステンシル、木製の雑貨づくりなどの手芸に親しむ風潮は、1990年代からちょっとしたブームになっていた。「手仕事」は昔から女性の大切な仕事だったが、その頃は自己表現より、生活を支える「副収入」の側面のほうが大きかった。昭和30〜40年代前半の婦人雑誌には毎号のように手芸をテーマにした特集記事があり、とくに高度経済成長期は、「手芸作品をお金にする」ことを特集のテーマにした記事もあった。

その後、生活が豊かになるに従って、「手仕事」は「手芸」になり、専業主婦の優雅さや余裕を演出する一つのツールになっていった。とはいえ、70〜80年代は、手芸に親しんでも友人同士で楽しむ程度の広がりだった。モノのない時代に育った世代にとって、洋服などを手作りするのは当たり前のこと。手先が器用な人も多かった。また、手芸教室では専門知識を持つ「先生」がトップに君臨しており、生徒が先生を差し置いて、自分の作品をアピールする、などということも難しかったと思う。

その流れを変えたのが、主婦向けの読者参加型雑誌だ。腕に覚えのある読者から投稿を募り、優れた作品の作者の元へライターが訪問して取材し、プロのカメラマンが作品を撮影して誌面を作るという雑誌が登場したのだ。それらの雑誌が従来の女性誌と違ったのは、プロの作家と一般読者の作品をほぼ同等に扱ったことだ。読者の支持を集めた投稿者は、人気作家として扱われ、特集記事の主役になることもあった。

昔からセンスがよかったり、アイデアが豊富な人がプロになり、仕事にしていく流れはあったのだが、雑誌というメディアが媒介になったことで、継続的に高水準の作品を発表できるプロとしての力量がなくても、何か一つ優れた作品を生み出すことができれば、「雑誌に載り、不特定多数の人の目に触れる」快感を得るチャンスが多くの人に与えられるようになった。専業主婦の女性たちにとって、妻でもなく、母でもなく、一人の女性として社会から認められる場が増えることは、「もっと自己表現したい」という意欲を刺激されることになったと思う。

だが、雑誌が発表の場であるうちは、まだハードルが高かった。掲載されるためには、編集者が求める力量に達していなければならなかったからだ。誌面に耐えうる作品の力が必要だった。

そこに登場したのがブログである。個人が何のフィルターも通さず、大多数の目に触れる場に投稿できるブログは、雑誌の掲載レベルに達しているかどうか、というハードルを気にする必要がない。「私の素敵ライフ」を思う存分、発信することが可能になった。しかも、一方通行ではなく、見ている人がコメントを書くというダイレクトな反応も得られる。これほど魅力的なツールはなかった。

絶好のお手本もあった。モデルの雅姫だ。雅姫は長女と夫との暮らしを雑誌「LEE」で連載し、まとめたムックがベストセラーになっていた。ふだんの暮らしをちょっと工夫すれば、おしゃれになり、周囲から憧れられる存在になるという雅姫のライフスタイル指南は、身近で親しみやすかった。生活のすべてを雅姫のセンスと同レベルに仕立て上げるのは難しくても、ブログにアップする写真のスペース程度であれば、真似しやすい。とくにテーブルの上に限れば、白いリネンやシンプルなデザインの食器など限られた小物を用意するだけで、すぐに「おしゃれで幸せな私の暮らし」を作り上げることができた。こうして女性、とくに専業主婦たちの「幸せな家庭生活」の自慢合戦がブログという舞台で始まることになった。

ライフスタイル自慢の女性たちがよく利用していたブログサービスは、「エキサイトブログ」だった。なぜエキサイトブログに集中したのか、はっきりした理由は分からないが、何人かセンスのいいユーザーによるコミュニティができ、そこから自然発生的に広がったのではないかと思う。幼い子ども(女の子であればなおよし)を育て、やさしい夫とそれなりの豊かな暮らしを日々、ゆったりと楽しむ、というライフスタイルブログが一時期、エキサイトブログの一つの主流になっていた。

一方でそんなブログを冷ややかに見ている女性たちも存在した。彼女たちの生息場所の一つは、2ちゃんねるの「ウォッチ板」だ。ウォッチャーたちは、「素敵ライフ」ブログの女性たちを「ほっこり族」と呼んでいた。女性ブロガーたちがお茶を飲んでも、ひなたぼっこをしていても、ことあるごとに「ほっこりしますね」とブログに書いていたからだ。

そんな「ほっこり族」と2ちゃんウォッチャーの密かな攻防を私は遠くから眺めていたのだが、昨年、NHK教育のTV番組「ねほりんぱほりん」に登場した独身で仕事もプライベートも充実している「キラキラ女子」の偽物がいるように、当時も「ほっこり族」の偽物はいた。素敵ライフを毎日のように披露しているのだが、しばらくブログをチェックしていると、どうにもつじつまが合わないことが出てくる。限られた写真スペースと短い文章で「素敵ライフ」を演出しようとしても、記事の数が積み重なってくると、やはり隠せないほころびは出てくる。

そんな偽「ほっこり族」のなかには、素敵ライフの嘘がバレてしまい、ブログを閉鎖した人も多かった。ちょっと背伸びをして雑誌に登場するような憧れの生活を演出し、「ほっこり、ほっこり」とたわいのないュニケーションを交わすだけで充分、楽しかったブログの世界でも、何かを求めて情報発信を始めると、いやおうなしに実生活の陰は入り込んでしまうのだ。

プロではない一般読者が主役となるメディアは、主婦向けだけでなく、独身女性や10代向けの雑誌にも広がった。そして、それらの雑誌の愛読者たちは、ブログで誌面を真似をすることで疑似体験するようになっていったのだ。

インターネットは人間関係をフラットにするツールだが、もう一つ、私が感じている特徴がある。それは、インターネットは「仮想」の世界ではあるけれど、現実の世界と地続きということだ。どんなにインターネットの世界で別の人格を演じようと思っても、短期的には可能かもしれないが、発信する情報量が増えれば増えるほど、現実に生きる姿が映し出されてしまう。とくに文章を使って表現する場合は、その特徴が顕著になる。よほど表現手段に対する技量や経験がないと、他人になりすますことは難しいだろう。

遠く離れていても同好の士が出会えるのんきな世界だったインターネットが、運営者であれ、コメントを書き込む場合であれ、はたまた閲覧しているだけの人に対してであれ、この頃から次第に攻撃性を増すようになってきた。その原因の一つに、ユーザー数を爆発的に増やし、ユーザー同士の距離を縮めることになったブログの登場が関係していると私は思っている。

女性ユーザーがインターネットを利用するにあたって、大きなジャンルとなっている「素敵ライフの披露」は、今も料理やメイク、暮らし方など形を変え、分野も広がりながら続いている、しかし、人気を集めるジャンルの寿命は決して長くはない。「これが最先端」「これがおしゃれ」という流行のサイクルはどんどん早くなっている。雅姫そっくりのライフスタイルブログのブームも最盛期は半年ほどしか続かなかった。1年経つ頃には継続して更新するブログは激減し、さらに半年も年経つ頃には、古くさささえ漂うようになっていた。

誰でも自己表現したり、情報発信できる場を提供するインターネットだが、容易に参入できるだけに、消費のスピードは紙媒体より相当に速い。情報の中身や見せ方だけでなく、人気ジャンルの移り変わりも早く、半年も経てば、次の流行が始まっている。こうして情報の質より発信のスピードが問われる時代に突入していくなか、登場したのが「SNS」と「スマートフォン」だった。

ということで、まだ続くらしい。

写真は、ツノダ的ほっこり写真......、何か違う(笑)

※言語の話など、インターネットの仕組みについては間違っている記載も多々あると思いますが、ユーザー視点の話なのでご容赦くださいませ。