これからの取材記事のあり方と難しさ

いやはや、「時間無制限って何かの格闘技か、食べ放題ですか?」と思うような12月7日のDeNA謝罪記者会見から、これほど「ライター」という職業に注目が集まったことはないなぁと、燃えさかる炎を遠くから眺めているオールドメディア辺境ライターのツノダです。

今週に入り、炎上の勢いがさすがに落ちてきたようですが、今のところ、私が見ている限りでは、WebやIT系ライターが書いている記事が多く、紙媒体、それも医療を含む実用系記事を書いてきたライターの発言をほとんど見かけないので、紙媒体で専門に書いてきた人たちは、どう受け止めているのかなぁと思っていたりしております。

私は長年、雑誌や書籍のライターとしてさまざまなテーマの記事を書いてきました。とくに女性誌では、医療・健康系の記事をかなり書いてきました。というのも、女性にとって医療・健康は美容との関係が深いこと、女性は病院に行くほどではないけれど、日々、不調を感じることが多いことから、女性誌が毎号のように取り上げるテーマの一つでもあったからです。

20年以上、医療・健康情報を紙媒体で「書く」ことに携わってきた立場からすると、今回のキュレーションメディアやらのパクリサイト(まじめに運営しているWebメディアと区別するため、以下、パクリサイトとします)がやらかした原稿とも言えない文字の羅列の裏話は、驚くことばかりでした。まず、医療・健康情報を医師や薬剤師など、専門家の監修もつけずに掲載したこと、「外部ライター」と呼ばれる人たちがあちこちのウェブサイトからデータをコピー・アンド・ペーストし、切り貼りして適当に作った記事を掲載していたこと、Googleなどの検索サイトの上位にランクインしやすいように、検索ワードを散りばめ、記事を量産していたことなど、メディアの常識からすれば、「ありえねーーー!」としか言いようもないことをやっていたわけです。

そして、同時に困ったことになったものだ、とも思っています。情報の出所も編集の仕方もいいかげんなパクリサイトはさっさと潰れてください、というだけなのですが、これから「プロのライター」は仕事がやりにくくなるのではないか、と感じているからです。

今、新聞やTV、Webメディアが報道するパクリサイトのニュースでは、ライターが格安でこき使われていたという話もセットで語られています。彼らとプロのライターがどう違うのか、一般の人たちはその違いに関心を持つほど、注意を払ってニュースを聞いてはいないでしょう。そのため、これから私たちが医療機関、あるいは、医療・健康以外のテーマでも取材依頼をするとき、取材を受けてもらえるかどうか、これまでよりもっと慎重に対応されてしまうかもしれないな、と思ってしまうのです。

ライターは「書く」のが仕事のように思われていますが、じつは、書く前の段階である取材のほうがよほど重要です。どこに取材に行くか、誰に取材するか、どんな話をどれくらい深く聞いてこられるかで、原稿のすべてが決まると言っても過言ではありません。私は駆け出しの頃、先輩ライターから「取材に行くのが面倒になったら、ライターをやめろ」と言われたくらいです。

読者に情報が正しく分かりやすく伝わるように原稿を書くテクニックも必要ではあるのですが、どんな原稿でも取材という元になるものがなければ、書くことはできません。そして、取材で得た情報をどう取捨選択するか、どう構成して原稿に展開していくかが、結果的にライターの個性となるのです。

パクリサイトで書いていたという人たちは、「ライター」と名乗るのに必須の「取材」をしていませんでした。インターネットに散らばる文字を集めてきて、ポチポチとタイプしただけ。「リライト」とも言えない行為です。にも関わらず、他に呼び方がないため、「ライター」「外部ライター」と表現するニュースを見るたびに、「本職のライターと混同されると困るんだよなぁ」と思うのです。パクリサイトでバイトをしていた方々については、何か他の言い方で呼んでもらえないでしょうかねぇ。

本当のメディアの人間であれば、とくに紙媒体の人間は、読者の利益を考え、正確な情報を伝えることがメディアの責任であると誰もが当然のこととして身につけています。なぜなら、メディアは、どんな小さな媒体であっても、影響力は強大です。とくに紙媒体は、現物が残ってしまいます。いったん公に出てしまったものに言い訳ができません。トラブルがあったとき、謝罪をすれば、読者や取材相手との解決の道は探れます。けれど、一度、情報が不特定多数の目に触れてしまったという事実は消すことができないのです。

だからこそ、紙媒体は記事を公表するまでに手間と時間をかけ、ライターだけでなく、編集者や校正者、編集長と、違う立場にいる多くの人の目を通すことで、正確さの精度を上げていくのです。今回のパクリメディア騒動は、書き換えが簡単にできるWebサイトという媒体の特徴が招いた認識の甘さにもあると思っています。

ライターは、名刺に「ライター」と書いてしまえば、経験があろうとなかろうと、その日からライターを名乗れてしまう職業です。とくにフリーライターの場合は、個人事業主ですから、社名もなく、身分を保障する確たるものがありません。それでも取材という形であれば、たとえ相手が一国の首相であっても話を聞くことができます。

それが可能になるのは、長年、紙媒体で働くライターたちが編集者とチームを組み、企画を練り、取材先に企画書を送り、取材申込をし、アポを取って話を聞き、原稿を取材先に確認してもらい、ときにはテーマや編集方針と取材先の見解とのすり合わせを重ね、記事にするという丁寧なやりとりを繰り返し、取材先や読者との信頼関係を築いてきたからです。

今回のパクリサイト騒動は、紙媒体が積み重ねてきた信頼にツバを吐きかけ、踏みにじる行為でした。出版界もバイブル本商法など、メディアとしての信頼を損ねかねない事件を何度か起こしていますが、今回のパクリサイトがやらかしたこととはレベルが違いますし、「メディア」を名乗るべきではない事件だと思っています。

これまでは紙媒体とWebメディアは、年々、低くはなっていましたが、垣根があり、紙媒体の人間は「Webメディアがやってることだから」と、自分たちの仕事を粛々と続けていればよい、という意識だったと思います。しかし、パクリサイトによって「情報を伝える」メディアの信頼性と根幹を揺るがすような事態を引き起こされた今、紙媒体も利益最優先でモラルの低すぎるパクリサイト騒動に巻き込まれてしまったと言わざるを得ないでしょう。

大量の密漁船に荒らされ、魚が枯渇した漁場のような状態にされてしまった今、どうやって信頼を回復するのか、果たして回復できるのか。はたまた、そこまでの質の高い情報はいらないという読者が大多数になり、結果的に、真偽もあやふやな情報ばかりがはびこる世の中になるのか。

来年は、メディアのあり方が大きく変わる年になるかもしれないなぁ、と思う2016年の暮れなのでありました。

ちなみに写真の無断転載については、写真の中にクレジットを入れるしか対策はないんじゃないかと思います。スマートフォンの写真機能につけるか、アプリとして著作権のクレジットを入れるサービスをつくったらいいと思うので、アプリ制作会社は作ってみてはどうでしょう?

↓ということで、岡田准一くんがにらみをきかせている「AERA」の表紙を写真に使ってみました。今回の騒動で紙媒体の信頼性が見直されて、部数も伸びるといいんですけどねぇ。

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